2009年6月30日 (火)

何となくおかしかった

数日前、銀行での事

お母さんに連れられた小さな男の子

窓口で風船をもらったら、

お母さんに言われた『はい、なんて言うの?』

息子『風船!』

母『それはそうだけど・・・、お姉さんになんていうの?』

息子『どうも、、、』

母『どうもありがとう。でしょう?』

息子『どうもありがとうございましゅ、、、』

この男の子、取っても気に入りました・・・(笑)

なんたって『風船』と答えた事。

この子は一つの質問に、2つの正解を答えたのですよ~

最高です!

いきなり『ありがとうと言いなさい』と言わなかった、お母さんも流石です!

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2009年3月27日 (金)

お願い地蔵は『お願い地獄』

以前ある所である手作りのお地蔵さんを見た。

きっとその方はやるべきことを全てやりつくしたうえで

この言葉を思い浮かべたのだろう。

しかし怠け者の自分にはそれが『お願い地獄』と読めてしまった・・・

つまり自分で努力することなく何かに頼ろうとしたとき

それは地獄への入り口になるのだ・・・と

全ては自分の力で、極めないといけません

そう自問自答したのでありました、、、

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2008年8月 9日 (土)

どんぐり村その後

前回、作業途中の井戸を見てきたが
今回届けものがあり、再訪問

すでに井戸は完成していた!
Ido1
左したの桶に見える黒い水は、
井戸の中に大量の炭(自分で焼いたもの)を入れたばかりだから、
勿論水質に問題は全くないが、
少しでも活性作用を期待して(落ち着くまではあと少し)


水は極めて冷たく、試飲したかったが
今朝は胃がん検診で水も少し控えているのでまた今度、、、
水量は真夏のこの時期枯渇の心配もなく、たっぷりある。
これで1年十分に水が確保されたようなもの、

日々の積み重ねは気が遠くなるほど進まず、
スローな展開、まさにスローライフ
(しかし日々休むことなく必死に働いた結果である事は言うまでもない)

1年を端折ってコマ送りで見れば、このようにもう出来たのか?
となるが、
inch by inch と言われるように
一歩一歩着実に・・・なのだ。

自分で出来ない人がお金で買うのだ。
それが基本、
自給自足が頂点にある。。。
Ido2_2

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2008年6月27日 (金)

人に始まり人に終わる

久しぶりに赤屋敷にあるどんぐり村を訪れた。

実は初めて「どんぐり村祭り」開催中の訪問となった。
(と言っても早朝、いつもと変わらず村長以外は誰の人影も見えず)

炭焼き小屋のすぐ後ろに新しい建物が・・・

Dvill1_2 温暖化対策とか、
地域おこしとか、
高齢者向けの・・・などと色々書いてあるが、こうしないとただ新しく小屋を立てたくらいにしか
皆さんが気付いてくれないからだろう。

土壁の建物それは夏の熱を吸収し、冬のストーブの熱を簡単には逃がさない。
温度差それぞれ10℃ほど

最新の建物(高気密・高断熱)の元になる経験がずっと昔にある。
そしてそれをいまだに越えられずにいる。。。

ここの土を取ったところから水が沸いてきた。
だから井戸を設置する事にした。

Dvill2
(炭焼き小屋の)すぐ横の斜面だ
これぞまさに目指す自給自足のカタチ
(ここの水で3人が1年を通して暮らせる水を確保できるという)




手押し(機械式)井戸ポンプもいつ消えてなくなるのか?

再生不可能と言われ、役目を完全に終えることとなったポンプ

Dvill3

何を造るのも人
何を壊すのも人

全ては生きるエネルギーと
生きようとする思い
生きる責任から・・・

 

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2008年2月13日 (水)

全ては自己責任で

最近、食品安全問題が多数発生しているが
基本的には
賞味期限・消費期限・保存料・着色料・漂白剤なども含め
安心かどうかは自分の判断でするしかないと思う。

日付は付け直しをされたり、最初から守られていなければ信用できないし
含有物についても故意に毒物等を入れられない限りは
ある程度は味覚・嗅覚・視覚などで判断で出来るものだと思うし
偽装される恐れがあるなら
なおさら本来人間がもっている感性である程度判断できる・・・ともいえるだろう。

根菜類は土の中で育つから土が付いていて当たり前で
漂白剤の入った水で洗って綺麗になった野菜など不自然なのではないだろうか?
曲がっているのも当たり前で
曲がったものをはじきモノとして、良いもの(?かなり疑問)だけに価格を転嫁させ
売っているのであれば、それも納得がいくものではない。

一番良いのは自分で育てた野菜を食べ
自分で捕った魚等を食べるのが一番だが
それも現代ではかなり無理があるので
せめて知っている人・顔の見える人から購入し
食べるべきであろう。(元々がそうだったはずだが、地産地消と言うヤツに近い)

突然ですが、あなたは化学調味料と天然調味料の差が舌でわかりますか?
本来はそれがわかる力を皆が持っているはず、

眠った力を呼び覚まし、
自分のことは自分で守って行けるようにするしかないのではないだろうか???

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2007年11月 9日 (金)

この町の未来

まもなく大きな橋が掛かろうとしている

Bridge1 はたしてこれから出来る道は
住民にとって、
町にアクセスしやすくなるものか?
それとも街の外に出やすくなるものか?
それを決めるのは住民の意識



地元県立病院では、眼科の外来が閉鎖されるとか?
何故県立の施設が必要だったか、
それは経済最優先では=民間任せでは、
十分な住民に対するケアが出来ないから・・・ではなかったのか?

費用対効果でどうするかを決めるのなら、
公費を投じて設備するべきではなかっただろうに、と思う。
公的なものあるいは半公的なものに限っては
経営の合理化のみを優先する事は許されないのではないだろうか?

全ては住民の暮らしに関わり、
時間差で税金となって跳ね返ってくるのだから・・・

自分の考えは間違っているだろうか?

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2007年9月27日 (木)

人の器

先日、一戸にある映画館『萬代舘』で

「大杉 漣」さんのライブがありました。

建物も老朽化が進み、
映画館としては大きくても、ライブ会場としてはまさに小ホール並み

以前映画祭のゲストとして来ていただいたときに
(四国で)ライブ活動を定期的にやられている事を知った。
また、
「チャンスがあればまたここにギターを持って演奏に来ようかな?」
と言うような意味の言葉を残して行った。

簡単に言ってしまえばそれが実現しただけの事なのだが

お金の話をすると(あまりしたくないが)
前回の映画祭も今回のライブも
正当なギャラは払っていない。
つまりノーギャラである(交通費・宿泊代・食事代のみ)

*勘違いしてもらっては困るのが、お金がなくても来て貰えると思うこと。

そこには決してお金では解決できないものがある

実行委員長を中心に熱心に活動をささえる数人の限りない情熱、
そしてゲストを説得する熱意、
萬代舘を貸してくださるオーナーの心の広さ、
最後に何よりも熱意と情熱に賛同して来てくださるゲスト(というより主役)の
器の大きさ。

あとは当日を中心にイベントを支えるボランティアのみなさん。

これら全てが揃って初めて実現する(と思う)

勿論お金なくして成立はしない。
そこが大きな問題点、
見に・聴きに来てくださる皆さんからチケットを買っていただくのは
このようなイベントを続けるための運営費が必要だから、

そうではないだろうか?

そして何時までかはわからないが
単独で(個人の利益を求めない)このような事業が
続けられる事がこの地域の財産ではないだろうか?

もひとつだけ言っておきたい事が・・・

私は人としての「大杉 漣」さんに惚れた。
ライブ活動だけでなく、映画の上映会もご自分で企画して
実現させているのだと言う。
私は勝手に想像する
「たった一人で地域おこしをしているのではないか?」と

そんな人だから、快くライブに来てくれたのではないかと、
役者としての肩書きがなくても、
(ご本人は音楽はアマチュアだと言うが)ミュージシャンでないとしても、
ただのオジサン(失礼)だとしても
光り輝く1人の大人だと思う

(音楽をやるときは)いつも熱唱で
いつかはもっとゆったり歌ってみたい(と言っていたと思う)

*自分の目標(こうありたい)に向かって進むその姿勢

これもまたすばらしい事

歌った曲もまた、メーッセージ性が強く
歌声は何かを語りかけてくる。

人生の先輩として、
肩書きも何もかもなく「はだかのオジサンとして」目標にしたい素敵な人だ。

このCDはいつか自分が前向きに一歩ずつ進めるようになった日か、
くじけそうになった日に開封しようと思う。
「あるがままに」

Renousugi_2

注)この内容は私個人が勝手に感じた事を文にしているだけでご本人あるいは

事務所の考え方と著しくかけ離れている可能性もあります。

何かご指摘があった場合は大幅な修正あるいは削除もありえます。

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2007年8月10日 (金)

出会いと別れ

数日前、地元に来ていたALT(assistant language teacher) が訪ねてきてくれた。
シンガポールからやってきた彼は、2年間のティーチングプログラムを終え
国に帰るのだと言っていた。(日本語で)

シンガポールの文化について短い時間ではあったが沢山教えてもらった。
(他にも色々)

特に接点があるわけではない自分は(2年の間に)数回しか会う事はなかったと思う。

毎週末休みがある彼らは
同じ国や言語圏の友人をつくることが多かったのではないだろうか?
ただし田舎であればあるほど、地元の子供達や知り合った人たちと
遊びに出かけたり、一緒にご飯を食べたり
お互いの文化について、驚いたり納得したり
(日本にかかわる)有意義な暮らしも出来たと思う。

さて話は戻るが
彼がわざわざ訪ねてきてくれたのは、
クリスマスカードとプレゼントを渡したかったからだそうだ。
(そしてお別れのメッセージとプレゼントも一緒に)

よく考えればクリスマスの前に会って以来
ゆっくり話をするチャンスもなかった。(挨拶だけって感じかな)

クリスマスのメッセージの他に書き足した
別れのメッセージが刻まれたカードがそれを
強く感じさせる。

こんな時いつも思う。
普通に週末休みで(せめて決まった休みがあって)
もっと色んな話ができたらもっと良かったのに・・・
でもこれが自分の現在の生きるスタンス(簡単にはかえられない)

ええと、一番言いたかったのは
ほんの少しのかかわりでも、
気持ちのこもったメッセージを受け取った事が何より嬉しかった事。
(勿論プレゼントをもらった事・・・その気持ち)
この町の暮らしが楽しかったといってくれた事。

次に会うチャンスは来ないかも知れないが
See You!(また会おう!)と言って別れた。

これからはe-mailでのお付き合いになるが、きっと近くに感じるだろう。

そうそう、彼はお国に帰って
教育を通して
自閉症等心的ハンディキャップをもった子供にかかわる仕事を探すといっていた。

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2007年7月 2日 (月)

ビッグバンドJAZZライブ

土曜日(29日)の夜、
K町の赤レンガで行われたジャズライブに出かけた。
(お世話になっている方から、ラッキーにもチケットをいただいた=感謝!)

実は、昨年のライブに行ったのが初めてで
それまではその活動(赤レンガでライブ)を噂に聞くだけだった。

今回はフルオーケストラには満たない人数のバンド
(人数にかんしても自分はよくわからない)で
IMO(インモラル・マーガリン・オーケストラ)という名前だそうである。
名前の由来については是非、ライブに出かけて確かめていただきたい。

さてさてジャンルは幅広く、スタンダードからボサノバ昭和の歌謡曲まで
オリジナルの編曲で楽しかった。

大抵はボーカル兼ピアノのソロあるいは4人程度(ピアノ・ドラムス・ベース、、)の
主にスタンダードしか聴いたことがなかったのだが、

ビッグバンド=なかなかハートにひびく良い音そしてリズムだった。

何よりすごいと思ったのは
120曲以上のオリジナルとバンドにあわせたオリジナル編曲の数々
(そうしないと、楽器不足で演奏にならないフル用の曲しかないのだそうである・・・きっと謙遜)
奏者は勿論だが、司会・指揮・作曲を手がける方の才能と情熱が伝わるライブだった。
(何しろ隣県のH市で著名なバンドのリーダーやメンバーが参加するプロジェクト・バンド(?)なのだ)

その魅力が何処にあるのか?
それは、ライブを聴くのが一番!!!

最後に街中にある赤レンガ(酒蔵?だった)と音楽の組み合わせも絶妙だったことを
書いておきたい。

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2007年6月14日 (木)

日中時間(熱中時間?)

以前は会社勤めをしたこともあるが、
毎週土日休みは、学生時代以外は経験がない。

ここ十数年について言うなら、1年のうち完全なる休みは
10日もないだろう。
(そういう暮らしをしないと、生活も成り立たないという現実も・・・)

続に言う「主婦業に休みはない」と同じ(?)で特にその事に
不満があるわけではない。
日々の暮らしにも1日たりとも必要のない日はないのだろうし、

ただ、時々思うのは
「全てを忘れて、心を休める数時間あるいは数十時間があったら最高に幸せ」という事。

自分は朝に照準を合わせ、その時間を求め続けている。
それでも贅沢なもので、たまにはお天道様の一番高い昼日中に
そんな自由な時間を月に一度で良いから
味わいたい・・・と思うのだった。

これ以上ないくらい、濃~い時間(熱中時間)を日中に!!!

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